このブログに@けんちゃん がくれたコメント

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この問いに対して、数日間ぐるぐると想いを馳せ続けていた私。

コメントでお返事をしようと思ったものの、自分の考えを綴るには、あれもこれも語りたくなってしまって・・・
とんでもない文章量になってしまい。笑

お便りとしてブログを書くことにしました!
それでも、伝いたいことは膨大で1つのブログにまとめきれなかったのですが😂

今日は、「憂鬱粘液という気質の生きづらさ」
についてポイントを絞って、私なりの考察をここに綴ってみようと思います。

このテーマは以前、@あぽちゃん @おちよちゃん とのあさんぽイベントでも、語り合ったことがある内容でした
(あの時は、憂鬱粘液の反抗期についてが話のきっかけだったね!)

https://garden-nomamika.com/events/db20b9ba3d8d


「憂鬱質はどうしてこんなに苦しい気質なんでしょう?
どんなに才能を持っていても発揮できず、逆に才能さえも苦しみになる。
自己肯定感を上げようと頑張っても、下りエスカレーターを登るようで…。
憂鬱質に救いはあるのでしょうか?」


この問いを読んだとき、なんだか胸がぎゅっとするような感覚になりました。

気質に優劣はない!
憂鬱質の長所を生かした生き方がある!

そんなメッセージを伝え続けている私ではありますが、やっぱり心のどこかには

「憂鬱質って生きづらい気質だな・・・」

と思ってしまうことは、正直多々あります😣

きっと同じように、
「なぜ私はこんなに生きづらいんだろう」
「憂鬱質っ子であるわが子の将来が心配」
そう感じている方は多いのではないかと思います。




頂いた問いを見つめながら、これは

憂鬱質、特にここに粘液質が組み合わさったパターンの気質

の方に多い「しんどさ」「辛さ」「苦しみ」なのではないかなと感じました。

「憂鬱粘液」

この組み合わせの場合、ただ気質の特徴だけで起きていることではなく、
時代や社会の変化も大きく関係しているのではないかと私は考察しています。


憂鬱質は「生きることの重さ」を受け取りやすい気質


シュタイナーは、人間を「肉体・心・魂・自我」といった層で捉えました。

憂鬱質は、その中でも「存在することの重さ」「自分自身の肉体としての身体」を、自然と強く感じやすい気質だといわれています。


• 小さな出来事でも、心の奥まで深く響いてしまう

 • 他の人なら流せることを、長いあいだ考え続けてしまう

 • 世界の不条理や人の痛みに、過敏なほど反応してしまう

 • 幼い頃から「なぜ生きるのか」を考えてしまうこともある


これは決して欠点ではなく、魂の感受性がとても豊かで深いということ。

ただその分だけ、外から受け取る刺激も大きく、疲れやすさにつながるのだと思います。


日本社会が育んできた「みんなで合わせる文化」


ここで少し、時代の流れを振り返ってみたいと思います!

憂鬱粘液の人が今の社会で生きづらさを感じやすいのは、
日本という国がずっと大切にしてきた価値観とのズレも大きい
と感じています。

長いあいだ、日本の社会は「個人」より「全体の調和」を大切にしてきました。

お米づくりを中心に暮らしていた時代は、村のみんなで水を分け合い、同じ作業をしないと生活が成り立たなかった。
だから、「みんなと合わせること」が生きるために必要だったんですよね。

その後も長く、家族や地域、会社など大きな共同体の中で役割を果たすことが、生きる安心につながってきたように思います。

「私はここにいていい」という感覚は、周りと同じ歩調、同じ価値観、指針となるレールにのって、共に動くことで自然に得られていた時代なのではないでしょうか。


「自由」な時代への大きな転換


ところがここ数十年で、日本社会は大きく変わりましたよね。

会社や地域などのつながりが弱まり

「みんなと同じようにすること」よりも
「自分らしさ」や「個性」を出すこと


が大事にされるようになりました。

SNSを開けば、無数の働き方や生き方が流れてきます。

「自由でいいね」と言われる時代になったはずなのに、
逆にしんどさを感じる人が増えている
気がするんです💦


なぜなら、自由には「自分で選ぶ責任」もついてくるから。

• 正解がないから、迷う
• 他人の生き方が見えるから、比べてしまう
• 選んだ結果もうまくいかなかったとき、「全部自分のせい」だと感じてしまう
• かつてあった“安心できる居場所”が見つけにくい

特に、憂鬱粘液の人は

「深く考えてから動きたい」

「正解をだれかに示してもらいたい」

「安定の中でこそ力を発揮する」


そんな気質。

なのに、社会はどんどんスピードを求める方向に変わってきています。
そして、答えや手本のない生き方が主流になりました。

この社会背景と気質のギャップが、しんどさにつながっているのではないでしょうか。


憂鬱質の希望


では、憂鬱質に救いはあるのか。

私は、

「必ずある」

と思っています。

それこそ、4つの気質という考え方に出会えたおかげで、自信をもってそう感じられる!!


シュタイナーは、こんな言葉を残しています。

「苦しみは魂を鍛える。
しかし、魂を孤立させてはいけない。」


憂鬱質が一番つらいのは

「わかってもらえないこと」



「そんなことで悩む必要ないよ」
「もっとポジティブになればいいのに」
「真面目だね」


そう言われるたび、ますます孤独になってしまうことがある気質なのではないかな・・・。

だからこそ、「わかってくれる人」と出会うことが大切だと私は感じています。

「つらいよね」と受けとめてもらえる関係
「そのままでいいんだよ」と言ってくれる居場所
「一緒に考えてみよう」と寄り添ってくれる人の存在

憂鬱質は、
強くなることよりも、まず孤立しないこと
が何より大切
なのではないかと思うのです。


「自己受容」と「自己理解」で、自分を守る


憂鬱質のしんどさを和らげるために、
私はこの2つがとても大切だとGardenメンバーに伝えたいです!

 自己受容:そのままの自分にOKを出すこと

◾️「私は深く考えるタイプなんだ」
 ◾️「些細なことで揺れやすいけど、それは私の特性なんだ」

欠点ではなく、ひとつの性質として、自分の気質を受けとめることが最初の一歩になると思います。

自己理解:自分のトリセツを自分自身で持つこと

 ◾️「疲れやすいから予定は1日1つまで」
 ◾️「考えすぎたら、紙に書き出して整理する」
 ◾️「静かな場所で過ごす時間を意識的につくる」

「自分のトリセツ」を持つことで、社会に合わせすぎず、自分のペースで生きる方法を見つけやすくなるように思います。


深く感じる心は、欠陥ではなくギフト


憂鬱質は、たしかに生きづらさを抱えやすい気質かもしれません。

でも、そのしんどさと同じくらい、豊かさを持っているのではないかと私は思うんです!!


 • 深く感じるからこそ、人の痛みに寄り添える
 • 深く考えるからこそ、真理にたどりつける
 • 深く悩むからこそ、心からの喜びを味わえる


大切なのは、「苦しみをなくすこと」「乗り越える強さを身につけること」ではなく、
「この感受性を大切にしながら生きる方法を見つけること」

なのではないでしょうか。

憂鬱質のしんどさ・生きづらさは欠陥でも短所でもない!

それは、物事を深く考え、深く受けとめ、人と深くつながるために授かった
大切な力(ギフト)!



そんな自分をまるごと受け止める(自己受容)

その上で、自分自身をうまく扱う力(自己理解)


そして、願わくば

『分かってくれる人との繋がり』


があれば「救い」になるのではないかな
というのが私の想いです。






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